2018年08月03日

ベネッセハウスにて その1

画像上は、1996年に佐藤正志さんと安原壮吾さんのヨットで直島に上陸し、ベネッセハウスミュージアムで会食した時の図。左からエリア・アルバさん、名前・失念さん、佐藤正志さん、自分、安原壮吾さん、伊永和弘さん、かとうゆみこさん。画像下は、1997年。左端から安原壮吾さん、長谷川勢津子さん、小田宏子さん、自分、伊永和弘さん、陰になって顔が判らないのは、山田 茂さん、ジュディ・リンさん、斉藤清光さん。この後のサンセット・クルーズも最高だった!

2018年08月03日

立て看板の大冒険(^^;)

岡山県赤磐市が発行している広報あかいわ1月号(第94号)に、このブログでもエントリーした記事の顛末が紹介されました。情報を寄せて下さった皆さま、届けて下さった伊永和弘さん、お世話さまでした。

それにしても、川を下って宇野港まで無事に流れ着くって事は、有り得なくもないけれども考えにくい。やはり、ヘビの神さまのお引き合わせかな(笑)。来る年は、還暦・・・塞翁が馬 (^_-)-☆

2018年03月16日

宇野清港会

地球表面の70%を占めている海の上には、多種多様なモノが浮遊しています。南洋の海に漂う椰子の実など、ロマンを誘うような浮遊物なら歓迎ですが、海に遺棄された漁網やロープなどは、船舶のプロペラ部に巻き付き航行を不能にさせる厄介モノ。また、ビニール袋なども、しばしば船舶の

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2017年07月06日

潮流推算

平成12年(2000)11月、小さなセーリング・クルーザー・ノラ21(画像・粟島の浮き桟橋にて)で、1泊2日(松山〜岡山)の航海をしたのですが、瀬戸内海で快適な航海するには、潮流推算が欠かせません。今回も上げ潮に乗って平均6ノット(機帆走)を稼ぐことができました。こうした海の知識を当時の備前藩が入手して、備讃瀬戸の漁場を巡る讃岐藩との漁場争い(樽流し)に活かしてくれていたらなぁ (^_-)-☆

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2017年05月15日

プロペラがぁぁぁ・・・ ( ̄m ̄*) 

昨日、友人から頼まれてボートで備讃瀬戸の浅瀬を航行中、船尾から嫌な音が・・・プロペラの破損。情けは人の為ならずと言いますが、9万円の出費は、痛っ! ( ̄m ̄*) 

因みに、海図に祖父祖母島を発見。小笠原諸島の故郷は、備讃瀬戸にあったんだね(笑)。

海図の見方(底質記号)・・・「S」:砂。「cS」:粗砂。「fS」:細砂。「Sh」:貝がら。「M」:泥・・・勉強になるね (^_-)-☆

2017年05月11日

宇野港の繁栄

平成21年(2009)4月12日、宇野港築港100周年に一般開放された宇野港メモリアルパークに宇野港築港の立役者・檜垣直右の銅像がある。元々は、昭和55年(1980)に彫刻家・佐山道知さんが制作、宇野港西側にある緑地に設置された。

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2017年05月03日

ベネッセハウスにて その2

2007年の春、第1回の神戸ビエンナーレ立ち上げに際して、実行委員会の要請で福武總一郎さんとの面会を仲介させていただいた。画像上の左端から時計回りに、谷内眞之助さん(福井工業大学デザイン学科教授)、吉田泰巳さん(華道家)、村上直之さん(神戸女学院大学文学部総合文化学科教授)、梅村晋一さん(神戸市国際文化観光局参事)、福武總一郎さん(ベネッセホールディンクス取締役会長)。画像下に自分も。ベネッセアートサイト直島のパーク・ラウンジにて (^_-)-☆

2017年04月27日

直島が沈んでいる!

画像上は、2007年5月、連休中の宇野港フェリーターミナルの光景。ウッドデッキで寛ぐ人や、旅客同士が「行ってきま~す」と「行ってらっしゃ~い」のエール交換があったりで、いい感じ。

画像下は、2002年7月に完成した宇野港フェリーターミナル離島航路棟の平面図。当初、原案のようになる予定でしたが、諸般の事情により決定案のように規模が3分の2に縮小され、手足をもぎ取

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2017年04月27日

新しい浮桟橋(⌒_⌒)

宇野港小型船舶用港湾に設置された新しい浮桟橋の屋根工事が完了(画像上)。この浮き桟橋は、特に活用法を定めないまま、県営第10号浮桟橋として設置したようなのですが、供用開始後は、自然にプレジャーボートや海上タクシーなどの一時係留施設として重宝がられることでしょう。

四海波 静かにあれと もやいとり 😊

宇野港の更なる発展を願う自分(笑)としては、宇野港フェリーターミナルや、JR宇野駅に隣接し

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2017年04月27日

宇野港・80年前の写真と100年前の地図(⌒_⌒)

本土四国間連絡上枢要なる港にして一衣帯水を隔てて香川県高松港と相対す直島葛島其の他数多大小の島嶼港口の面前海上に羅列碁布するのみならす児島半島の脊梁骨たる山脈南に走りて港の西北部を囲繞し風浪を遮断する障壁をなす故に港内潮浪緩穏にして船舶の停泊に適す(画像上・大正15年5月15日発行の岡山県案内写真帖に付けられた説明文)。

日清戦争後における国力増強と軍備拡張という国

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